「三橋、俺は、お前が、"三橋廉"が、好きだ」
言われて思ったのは、ああ、やっぱり、っていう確信の気持ちと、ああ、言わせてしまったという後悔と、もう戻れないという絶望と、それから。
それから、もうこれで阿部くんはオレのものだという、仄暗い気持ちだった。
ベッドからむくりと起き上がる。
さっきまで泣いていたせいで目がいやに腫れぼったくて、重たかった。
けど、もう、あの息苦しさはない。
ああ、そうか。
あの真綿のような2人分の好きが、阿部くんに分散されたんだ。
だから、もう、息苦しくなんてないんだ。
そう思った瞬間に、スゥっと、背筋が寒くなった。
阿部くんが。
あんなに黙っていた阿部くんが。
気持ちを押さえ込んでいた阿部くんが。
オレに、なんていった?
そういう状況に、オレは追い込んだのか?
ああ、やってしまった。
やってしまった、やってしまった、やってしまった!!
もうだめだ、もう遅い。もう取り返しがつかない。時間は巻き戻せない。
オレは聞いてしまった。阿部くんから、阿部くんの気持ちを、聞いてしまった。
「阿部くん」
けれど、でも、どうか、最後の抵抗をさせてくれ。
「阿部くんは、オレを、好きで、どうしたい、の」
「え、」
阿部くんのオレを好きだって気持ちが、そういう好きだっていうのは、知ってる。
オレの阿部くんを好きだって気持ちが、そういう好きだっていうのは、判ってる。
けど、でも、だから。
阿部くんがもし、後悔したら、オレも後悔してしまう。
逆にオレがもし、後悔したら、阿部くんも後悔するだろう。
こんな恋は、男同士の恋は、普通の恋じゃない。
両思いになったら、それだけ苦しくなる。
だから、阿部くんも、両思いなんて望んでなくて、それで、気持ちを黙ってた。
本当は、かなうはずのない恋だったんだ。
そう、オレが、阿部くんの瞳に、気がつかなかったら。
オレがその瞳に、恋をしなかったら。
けど、でも、もう、全部、遅いから。
だから、せめて後悔だけはしないように。
オレの肩をつかんだままだった阿部くんの左手を、右手でつかんだ。
びくりと震える、指先。冷たい、指先。ああ、阿部くんが、緊張している。
けど、かまうものか。
「阿部くん、よく、考えて。阿部くんは、オレを好きで、オレと、どうなりたい、の」
それを聞いてから、オレの答えを言ったって、遅くないはずだから。
三橋の濃い蜂蜜色の瞳が、俺の心臓を貫いた、気がした。
ドクドクドクと波打つ心臓をどうにかこうにか落ち着かせて、その瞳を見つめ返す。
ここが勝負どころなんだって、判るよ三橋、そういいたいんだろ。
まるで、マウンドの上にいるみたいだ。
強い視線。俺の目をじっとみる、濃い蜂蜜色の鋭利な視線。
けど、でも、だめだ。
俺のほしいのは、こんな鋭いお前じゃねーんだよ。
そう自覚したら、なんだか肩の力が抜けて、アホらしくなった。
そうだよ、俺が、どうしたいかなんて三橋、そんなの決まってる。
俺の左手をつかむ、三橋の右手を、タコだらけの右手を、握り返した。
「三橋、俺はお前が好きで、お前と一緒に、笑っててえ」
その瞬間に、濃い蜂蜜色の瞳が、真ん丸く見開かれた。
見開かれてそのまま、視線が泳いで、それから、もう一回俺を見つめなす。
それがなんだかおっかしくって、ああ、そうだ、これだよ、ちょっとキョドるぐらいが、こいつなんだよな、なんて、妙に納得しちまって。
「お前は、笑顔がいいよ。お前の笑顔、俺、好きだから」
久しぶりに、こいつの前で、笑った気がした。
阿部くんの、指先が、熱い。
反則だ。
阿部くん、それは、反則だよ。
そんなんじゃ、逃げらんないし、回避できないし、オレが悩んでた後悔するとか後ろ向きな思考が、バカみたいじゃないか。
いや、オレ、バカだけど。
ああ、うん、でも、そうか。
そうだね、笑顔が、いいね。二人で笑いたいね。
笑いあいたいね。
「阿部くん」
「ん?」
「なんか、負けた気分だ、オレ」
「そーかよ」
「オレ悩んだ、んだ、よ」
「うん」
「苦しくって、息ができないぐらい苦しくって、苦しいの、もう嫌で、阿部くんにあんなメール送っちゃった」
「・・・うん」
「オレ、基本的に、嫌な奴なんだよ、阿部くん」
「・・・」
「そんなんでも、いーの」
「言っただろ、三橋。俺はお前が好きなの。つーか、俺の好きな三橋をけなすんじゃねーよ。いくら本人といえどそれは許さん。あとでウメボシ」
「ええええ」
目じりを下げたら、笑われた。
その真っ黒な瞳の奥に、暖かな光が、あの小さな、星みたいな淡い光が、燈る。
―――あ。
「阿部くん」
「ンだよ」
「好きだよ」
笑ってた目じりが、とたんに見開かれて。
淡い光が、少し大きく、輝いて。
ああ、まるで、北極星みたい。キレイな光。きれいな瞳。
「俺は、阿部隆也くんが、好きだよ、だから」
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愛の病