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群馬は雪がいっぱい降るってイメージがあるらしいけど、実際はそれほどじゃない。
そりゃあ山間の水上とか草津のほうは雪深いけれども、平野部はほとんどふらない。
積もるのも本当に稀でしかも積もったとしても5センチがいいところだ。
雪は降らないけれど、その代わり風がすごい。
新潟との間にある山々に重い雪雲は引っかかってしまって、群馬には冷たい北風が吹きすさぶ。
耳元をびゅうびゅう音を鳴らしてほっぺたの感覚をどんどん麻痺させて。
「男子はいいよね、ズボンだもん」
女子でスカートのルリがいうには、太ももの内側が熱を持って痒い、らしい。
なんでも内側にある細胞がプチプチはじけて、それが熱になって痒くなるような感じなんだ、とかなんとか。
よくわからない例えだなあ。と、いうか。
「ルリ、ジャージ、着れば」
「ん? ああ、スカートの下に?」
首を上下に揺らして、肯定。
オレ達の目の前を歩く帰宅途中の女子は学校指定のジャージをはいて、その上にスカートを着ている。
ほかにも何人かそうしているのを、オレは知っていた。
「あーね。そうしよっかなぁ」
なんていいながら、ルリはポケットからケータイを取り出す。
ぽちぽちぽちと短くうって、オレに手渡してきた。
【アレ、校則違反。じーさまにおこられんの、ヤだし】
「・・・」
そうだったのか、とおもってチラリとルリの方を伺い見たら、眉尻の垂れ下がった顔がこっちを向いていた。
ああ、こんな顔させるつもり、なかったんだけど。
オレは「ゴメン」といおうとしていつも通り「ご」のあたりで口ごもった。
ルリがわざわざケータイを取り出して、内緒話みたいに(実際内緒話なんだけど)画面に文字を打ったのは、回りのジャージをはいてる女子に気を使ってのことだ。だから、オレがもしここで「ゴメン」なんて口にしたらこの内緒話が台無しだ。なら、どうやって謝ればいいんだろう。オレ、謝りたいのに。
うーん、と悩んだ末に、オレはさっきからオレの手の中にあるルリのケータイをむにむにむにと押した。
【ごめん。帰ったらオレの掘り炬燵、使っていいよ】
手元に戻ってきたケータイの画面をみたルリが、ちょっと笑って「ありがと」と小さくつぶやいた。
―――なんてことを思い出したのは、阿部くんが家のコタツに入っているからなのか、それともその阿部くんがケータイをぽちぽちといじっているからなのか、はたまた帰りぎわのすれ違った女子高生がたまたまジャージの上にスカートをはいていたからなのか。
きっと全部あたってて、きっと全部ちがう。
群馬の中学3年間の思い出がフラッシュバックを起こすのはいつも突然で、前触れがない。
オレは阿部くんから視線をそらして炬燵に突っ伏した。
少しだけ誇りっぽい天板の上は程よい冷たさで、おもわず「はぁ」なんてため息がこぼれる。
「なに?」
「・・・え、」
声に天板から顔を向ければ、無表情に等しい阿部くんと視線がかち合った。
怒って・・・る、わけじゃない。怒ってないなら、なんだろう。
じっと見つめたら阿部くんはゆっくりと眉間にしわを寄せてから、ケータイをばくんと閉じた。
「ため息」
「え」
「お前さっきため息ついたじゃん」
「・・・あ、机、冷たくて」
本当のことだけれど、きっと阿部くんのほしい言葉はこれじゃないんだろうな。
予想どおり阿部くんは「・・・そーじゃねぇ。そーじゃなくって、あー・・・」と口の中でもごもごとつぶやいた。
いつものとおりにカッて怒鳴らないのはきっと、阿部くんも自分がほしい言葉っていうのがわかってないからなんだろうな、なんて。
阿部くんって実は自分のことに対してすっごい鈍感なところがあるから。
まあオレも、人のことはいえないのだけれど。・・・ああ、やってしまった。
オレは語彙が少ない人間で、コニュニケーションの乏しい人間だから、オレと友好関係を築こうとおもったらオレの作動を一挙一動みていなければならない・・・みたいなことを、もうずっと前にルリに言われたことがある。
そのときは意味がわからなくて、そういうものなのか、と言葉を丸ごと鵜呑みにしてしまったんだけど、最近はああ、言葉が足りないとかってことういうことなのかな、ルリはこのことを言っていたのかな、って思う時がある。
それはきっと大きな一歩で、けれどオレにとっては大きすぎるほど大きな一歩で、足がきっと限界に広がってしまって体重を支えるのがやっとのときみたいな状態なんだ、きっと。ゆっくりゆっくり体制を整えないと、すぐに崩れ落ちちゃう、みたいな。
そんなんだから、阿部くんだってなんかモヤモヤしちゃうんだろうなぁ。
別に気にしなくてもいいのに、普通の友達だったらきっと軽く流しちゃうようなことなのに、なんか・・・。
申し訳、ない、なぁ。
「あっ・・・と、さ。阿部くん」
「ん?」
「あの、さ」
俺は次に発するはずだった「ごめんなさい」を何とか飲み込んだ。
ちがう、だろ。
阿部くんは別にオレから謝罪を求めているわけじゃない。
怒ってるわけじゃないんだから、当然だ。
オレが勝手に申し訳ない気持ちになっちゃったから謝りたいだけであって、ソレはつまるところ、阿部くんの気持ちを全然汲んでない、意味不明の謝罪だ。
そんなことされたら、逆に阿部くんは怒るだろう。
オレだってそんなことしたら困惑する。
ああ、でも確かにこの申し訳ない気持ちは本物で、さらに阿部くんのモヤモヤもできればオレ関係のことなんだし解決したいんだけど、そのモヤモヤに大しての答えを多分オレは持ってないんだろうし。
こんなとき、口下手なのがすごく悔やまれる。
できることならば、あのときみたいに。
ルリみたいに、笑って―――あ。
「阿部くん、ケータイ、貸して?」
「は?」
阿部くんはものすごく意外そうな「なんだ、そんなこと?」みたいな顔をしていた。
その顔にちょっと笑う。「何がおかしいんだよったく!」なんて口の中でもごもご毒づいて、そのまま阿部くんはオレにケータイを手渡した。
「ちょっと、かっか、りる、ねっ」
「え? あ、ああ、おう」
自分のじゃないケータイって、なんだか触るのにすごくドキドキする。
阿部君のケータイをなるべくやさしくそっと開いて、ちょっとだけ震える指を必死に動かして、むにむにむにとボタンを押していった。
【あのね、さっきのため息の理由はほんとに机が冷たくて出ちゃっただけで、別に意味なんてないんだけど、でもなんか阿部くん気にしてたから、なんか、ごめん。あと、今日は遊びに来てくれてありがとう。オレすっごい嬉しい!だから、また遊びに来てくれますか?】
手元に戻ってきたケータイの画面をみた阿部くんは、ちょっとどころじゃなく真っ赤になってからごくごく小さく「ウン」とうなづいた。
期待してた反応じゃないけど、なんか阿部くんが急にカワイクみえちゃって、オレはなんかもうものすごく嬉しくなっちゃって。
思いっきり、笑った。
炬燵とケータイ |