白い。
白くて白くて、何も見えなくなる。
「やめんなよ、今のは、違うから!!今してんのは、違うから!!」
寒くて、寒くて、凍えてしまう。
「野球、やめんな!!」
降ったそばから踏まれた雪も。
巻いたマフラーも、手にしたミトンも。
手にしたカバンも、マフラーから半分だけ出した顔も。
心の奥の奥の奥にしまった、感情、も。
全部全部、ぐちゃぐちゃだ。
寒い、サムイ、さむいんだ。寒いんだよ、ねぇ、修ちゃん。
外は寒いよ。もう寒い。もう夏は終わったんだよ、遅いよ修ちゃん、もう、寒いんだよ。
寒いんだ、よ。
ふ、と目を開けた。
ぐらぐらとゆれる視界と、僅かな吐き気。
ああ、熱、でちゃった、のか。
「おう、起きたかよ」
「・・・べ、く」
なんで、阿部くんが、ここに。
純粋な疑問が顔に出たのか、阿部くんはちょっとだけ顔をゆがめて「お前、朝練中から顔色悪かったろ」と言って心配だから昼休みにこっちの教室へ着たら案の定熱出してでボーッとしてるオレを見つけて、あわてて保健室に拉致ったんだとか、なんとか。
え、ていうか、オレ拉致られた記憶がないんだけども、ソレはつまり、結構熱が出てて、ってことだろうか。
うわあ、やっちゃったなぁ。
自己管理のできてない証拠じゃないか。それも自己管理にはとことん口を酸っぱくする阿部くんに、いの一番で気づかれてるし。ああ、これは、怒られるなぁ。
でも自業自得もいいところだし、これは怒られるの、腹を括るしか。
「あべ、くん」
「何」
「あの、おこ、怒、る? ヨ、ネ」
そうやっていまだに布団をかぶった状態で見上げたオレを、阿部くんはなぜかギシリと一瞬固まってから、その真っ黒な頭を後ろでにぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「あー、怒ンねーよ。ウン。病人にも怒るほど短気じゃねーし俺」
けど自己管理ちゃんとなってねー証拠だかンな!シーズンオフだからいいけどホント頼むぜ三橋、お前エースなんだからさ。なんて一気にまくし立てて阿部くんはそっぽを向いた。
どうやらウメボシは無いらしい。それにちょっとだけ息を吐いてチラリと窓の外をみた。
重く垂れ込めた灰色の雲が、空を覆ってる。
冬の高い高い抜けるような遠い空は、見えない。
きっと外に出たら、どこか湿っぽい空気を含んだキンッとしてる空気に包まれるんだ。
それは、雪が降る、気配。
「雪、降る、かな」
「は? あー、外曇ってきてるなー」
阿部くんは「まぁ、天気予報は雨だったけどな」とため息をひとつ。
雨と雪だったら、どっちがいいだろう。
俺は、雨のほうが、いいかな。
「雨、も嫌だけ、ど。雪の、ほーが、嫌、だ」
「おお?お前雪嫌いなの?」
好きそうだけどなーお前。なんて阿部くんはからかい混じりにその真っ黒な瞳を細めた。
その顔をちょっと見てられなくて、オレは瞼を下ろす。
ああ、うん、そうだよ。昔は好きだった。
大好きだったんだ。
真っ白で、ふわふわしてて、わたあめみたいで。
食べたらきっと、甘くておいしいんだろうな、なんて思って、雪が降ってるときギシギシ荘の窓を開けて手を伸ばしたら、お母さんに「寒い!」って怒られたっけ。
けど、でも、だって。
雪は。
―――野球、やめんな!!
雪は、オレをあの時に、引っ張っていくから。
真っ白な、景色すら真っ白なあの日にオレを戻して、身体ごと、心ごと、凍らせようとするから。
だから、オレは、雪が。
「雪なー、俺は結構好きだよ、雪」
え、と思って瞼を開けて、阿部くんを仰ぎ見た。
「だって雪って真っ白でさ、なんかふわふわしてて、キレーじゃん」
どこと無くテレた風にいう阿部くんが。
阿部くんの言ったその言葉が。
お母さんお母さんお母さん!!
見てみて!みて!!雪だ、よ!!
真っ白でふわふわしてて、きれー!!
オレをあの日よりも、もっともっとずっと前の、ギシギシ荘まで連れて行ってくれて。
ああ、どうしよう、どうしてかな。
「三橋?」
「・・・っ」
涙が、あふれる。
「三橋どうした、熱やっぱ辛いンか?」
心配そうな阿部くんの声。
ああ、そうだよ、きっと熱のせい、だ。
熱のせいで、こんなに涙が出るんだ。
「阿、部くん。オレ、ね」
「うん」
ひっくひっくと、痙攣する喉で、つっかえつっかえ、オレは言葉をつむぐ。
まるで懺悔かなにかみたいだ。
「別に、キラ、イじゃないん、だ、雪」
「・・・うん?」
涙、止まれって思うのに、もうだめだ。
どうして涙が出てるのかとか、雪の話とか、阿部くんにしたいのに、もうオレの頭の中はぐちゃぐちゃで。
あの日よりももっともっとぐちゃぐちゃで。
けどでも、全然嫌じゃないぐちゃぐちゃで。
この思いを阿部くんに伝えたいのに、できなくて。
オレはただ「雪はキライじゃない」としか、口にできなくて。その言葉に、精一杯の感情を載せることしか、できなくて。
「キライ、じゃ、ない、ん、だ」
「・・・そーか」
言葉とともに降ってきた、阿部くんの温かくて大きくて、ゴツゴツと筋張った左手が、オレの頭をやさしくなでてくれる。
オレはソレがなんだか救済のような気がして、また、泣いてしまった。