冬は、そんなに好きじゃない。
いや、一時期は嫌いといっても過言じゃなかったのだから「そんなに好きじゃない」という妥協が垣間見れるようないいまわして語れるようになったことは、ある意味進歩した見解なんだろう。
それでもオレにとって"冬"というものは苦手意識があってしかるべき季節なわけだが、ここ2年半の間に経験した回数にして2回ほどの"冬"は、その苦手意識が浮上してこないほどにはある意味充実した季節だった。
今年の冬だってそうなると、オレは思っていたし、そうあるべきだった。
そうでなくてはいけないと思っていた。
思っていたのに・・・!!
「喘息です」
潔癖なまでに真っ白な、雪のように真っ白な、白衣をまとった初老の男はキッパリと言い捨てた。
気管支喘息(きかんしぜんそく、Bronchial
Asthma)とはアレルギー反応や細菌・ウイルス感染などが発端となった気管支の炎症が慢性化することで気道過敏性の亢進、可逆性の気道狭窄をおこし、発作的な喘鳴、咳などの症状をきたす呼吸器疾患である。喘息発作時にはこれらの症状が特に激しく発現し、死(喘息死)に至ることもある。
単に喘息あるいはぜんそくと記す場合、一般的には気管支喘息のことを指す。東洋医学では哮喘(哮は発作性の喘鳴を伴う呼吸疾患で、喘は保迫するが喘鳴は伴わない呼吸疾患である。双方は同時に見られることが
「なーに読んでんだ、三橋」
「・・・あ、田島、くん」
内科レジデント教本
第6版?、とすばやく本のタイトルを口の中で繰り返した田島くんは、はて?、といった風に首をかしげた。
「スポーツ医学の本かなんか?」
「あ、」
「三橋推薦受かってンだろ? そんなん別に勉強今からしなくてもいいんじゃねー?」
田島君のこげ茶色で、何もかも見透かしていそうな瞳が、ぐるり、と俺の顔を覗き込んだ。
オレの顔色を見ている。オレが何を考えているのか、見ようとする顔だ。
やばい、バレ、る。
オレは咄嗟にそう思ったけれど、相反して田島君は「ああ!」と思いついたようにニカッと笑った。
「阿部に言われたとか!」
「あ、え、えと」
「違うのか?」
じっとオレの顔を、目を、心をそのこげ茶色の視線が貫いていく。
オレはその視線に気圧されて、反射的に首を横に振って「違わないよ」なんて嘘をついていた。
ちがう、嘘をつかせられた、んだ。
途切れた会話にちょうど重なるように予鈴がなって、田島くんは「そっかそっか、お前も大変だなぁ!」なんて笑いながら俺に背を向けて、自分の席に戻っていく。
本当は、違うんだろう。
でも、いいたくないのも判った。
だから聞かない。お前が言うまで、聞かない。
だからとりあえず、嘘をついておけ。
俺はその嘘が本当だと思い込んでおく。
そんな田島君の声が聞こえた気がして、オレはそっと瞼を下ろした。
田島くんは、優しいな。
やさしいけれど、厳しい。もう絶対に、田島君から、何かあったのか、って聞いてくることはないだろうから。
けれど、だからそこ田島くんには、もしかしたら、いっておいたほうがいいのかも知れない。
阿部くんに、伝わるかもしれないのに?
下ろしていた瞼を上げる。
教師はまだきておらず、教室はざわざわとうるさいままだ。
その世界が、少し、遠い。
阿部くんには、知られたくない。
心配、されたくない。
同情、されなくない。
迷惑、かけたくない。
いつもどおりがいいんだ。
いつもどおり、あの暖かい光の燈った瞳で、オレを見て欲しい。
ソレが少しでも翳ってしまっては、ダメ。
だから、いわない。いいたくない。
本当は、いわなきゃいけないんだろう。
いわなかったら、バレた時にすごく怒られるに決まってる。
それも、言わない期間が長引いたほうが、きっとすごい怒られる。
もしかしたら、愛想をつかされるかも、しれない。
わかってるんだ、そんなことは。
けど、でも、だから。
もしそれで、阿部くんが怒って、疎遠になっても。
いや、むしろ、疎遠になったほうが、いいに決まってるんだ。
そう、こんな危うい関係を、いつまでも続けていてはいけないんだから。
だから、オレは。