西浦高校野球部主将という長ったらしい漢字ばかりの肩書きをもっている、デカイというよりはひょろりと長い、という印象の彼はただいま現在進行形で、非常に困っていた。










困っているというよりは、困惑している、という表現のほうが正しいのかもしれない。
彼はどちらかというと思考は柔軟なほうであるし、物事をあるがままに受け止め(そのたびに胃が痛くなるなるのだが。この歳で胃痛もちとは甚だ将来が心配である)ともすれば「しゃーねぇーなぁ」の一言とともに"毒を食らわば皿まで"が素でできる稀有な人物である。
その彼が、目の前の光景をあるがままに受け止めきれずに、否、全力でもって目の前の現実を拒否しようとしていた。

「・・・」

彼は目の前の現実から、そっと視線をはずして瞼をおろした。
その際に、心の中でガラガラガラとシャッターを閉める妄想もしてみる。
そうやって始まった西浦高校野球部主将・花井梓の脳内会議だが、始まった瞬間に満場一致で「コレはたちの悪い白昼夢だ!日ごろの練習のせいで疲れてんだよ!うん!きっとそう!」という、なんともはや現実逃避気味な意見でまとまってしまった。
まとまってしまったからには、彼には現実を確認しなければいけない義務が生じる。
いや、もちろんそんな義務はどこにも存在しないのだけれども、もしこのまま"アレ"が本当に"アレ"であるのかを確かめなかったりしたら、後々気になって後悔するのは自分だけなのだ。
それはなんとも、釈然としない。

「・・・」

はたして。
現実は無常にも、眼前にあった。
細く長いため息をひとつ。

「何やってんだ、阿部の奴・・・あんなとこで」









何の変哲もないスーパーの一角、特設コーナーにその姿はあった。
いや、部活仲間でクラスメートの阿部隆也がスーパーにいること自体は、珍しいことではない。
ものすごく低い確率ではあるが、花井と阿部はこのスーパーの敷地内で過去に数度遭遇している。


だが、ボソリと口の中でつぶやいた現実は、多大な破壊力をもつ非常に理解に苦しむ光景だった。


その特設コーナーは正月の次はコレだ!と言わんばかりに最近設けられたばかりのもので、紅白の垂れ幕やら囲いは全てピンクや赤、もしくはこげ茶色に変えられ、内装も正月のおめでたい鶴、亀、干支からハートや星といったポップなものに変わっている。
そう、そのコーナー、何を隠そう、バレンタインコーナーである。
しかも、侮るなかれ、バレンタインコーナーの中でも一際目を引くような配置で陳列された、手作りお菓子のコーナーだった。








「・・・」

めまいがした。
冗談ではなく、足がもつれた。

お前、何でよりによって、そんなトコいるんだ。しかもどう見てもいったん家に帰ってから来てるだろ。わざわざ来てるだろ。
今日は私服じゃなくて制服っぽいスラックスにYシャツだったから間違いない。
いや今はそんなことを考えてる場合じゃないだろ俺。そんなことはどうでもいいんだよ。
要は、俺は一体、どういう反応をとればいいのかということだよ。気軽に今声をかけていいの?まずいの?
いやあえてスルーっていう方向もありだとおもうけどさ、だってお前、スーパーだものここ。けしてでっかいわけじゃないもの。買い物が終わってない俺としては、一言挨拶すべきだと思うんだよ。だってここ、スーパー唯一の出入り口の真横だもの。
明らかに悩んでる風だから・・・つーか、やっぱりあれ、悩んでるよな。真剣に悩んでるよな。
作るの?作っちゃうの?誰に?
ていうか、バレンタインデーに作るの?わざわざ作るの?ていうかお前男だよね?いや、欧米の方だと"女子から"っていう固定概念はないらしいから、アレかもしれないけど・・・あれか、まさかのツッコミまちか。俺にヤツの真似をしろというのか?
ただでさえ坊主で非常にキャラかぶりしてるとおもっているのに、真似をしろと・・・いや、いや、落ち着け。
落ち着け花井梓よ。
話が脱線しすぎだろう。戻そう話を。ええと、そう、ヤツは明らかに悩んでいる風だから、急いで買い物してもまだあそこに居る可能性のが高ぇし、運が悪ければカゴ持った状態で鉢合わせだ、レジとかで。まさしく絶体絶命。
向こうから声かけてくんの待つか?いや、いや、そんな受身の態度でどうする花井梓。
ここは俺から声をかけるべきだと思う。
そう、そうだ、うん、声をかけろ俺。しっかりしろ。ちゃんと歩け。前を見つめろ。そうそれで、阿部の顔をちゃんと見・・・







阿部と、目が、合った。







「・・・」
「・・・」

ああ、なにこれ。
なにこの気まずい空気。

「・・・えっ、と」

とりあえず何か言わないといけない、と若干パニックになりながら、花井は必死に口をあけた。




 

何も見てないから!


季節はずれというか、遅いにもほどがあるバレンタイン話(笑)
花井くんしかしゃべってないけどね!(三橋に至っては出てもない)
続き書くならホワイトデーの話かしら。