「阿部くんオレを、頼ってくれ」






夏の、あの日。
静かに風を送る扇風機と、客間のどこか余所余所しい香り。

「わかった。力あわせて、強くなろう」

左足に巻いたサポーターの重みと、どこか麻痺してしまったような鈍い、胸の痛み。
榛名のときより落ちてねぇ俺がいて、同時に榛名の時より前に進みたい俺がいた。
それで、それから―――。

「うん!」

あいつが、三橋が、初めて俺の前で、笑った。

 







思えば、あいつが俺の前で始めて笑ったあの日から、だ。
オレが三橋のことを、好きになったのは。





 

 

 

 








「阿部くん」

少し意志の弱そうな、けれどけして震えてはいない声で、名前を呼ばれた。
薄く目を開けると、色素の薄い瞳と視線がかち合う。
ああ、こういうの、何色って言うんだったっけ。蜂蜜より少しだけ濃い、茶色。
その瞳の周りで、ふわりふわりとやっぱり色素の薄い栗色の癖毛が揺れている。
三橋、だ。

「阿部くん、授業、始まっちゃう、よ」

じゅぎょう、授業・・・ああ、そうだ、昼休みだったんだ。
あんまりにも秋風が気持ちいもんだから、ついウトウトして、そのまま寝ちまったんだろうな、俺。
あーダッセェなぁ。風邪なんて引いたら、洒落になんねーつーのに。

「・・・阿部くん、起き、てるで、しょ?」

どこか釈然としてないような声を出した三橋の手が、俺の前髪をさらりと撫でた。
ああ、なんだよ。そんなことしたらお前、起きるに起きられないじゃねーか。
もっと、もっと撫でてほしくなる。撫でてほしいから、俺は目を開けない。

さらり、さらり。

頭皮を掠める硬めのデコボコはきっと、位置からしてスライダーのタコだろう。
ああ、俺の好きな三橋の手だ。もっと、触ってほしい。
もっと、もっと、もっと・・・―――。

 

 

 

 

 

だめだ。

 

 

 

 

 

ぱしっ

意図せず握った三橋の手は、暖かかった。

「・・・阿部く、ん?」
「・・・悪ぃ、寝てた。起こしてくれたンか」
「あ、うん。肩ゆする、より、いいかなと、思って。声も、か、かけてたんだけど」

目は、開けない。
あけられない。
あけたらきっと、その瞬間に。

「あー、なんかちょっと目、目やにヤバすぎて開けんのキチィわ。起してくれたんに悪ぃけど、先教室いっててくんね?」
「ん、わかった。二度寝しないで、ね」
「おー、わーってンよ。んじゃまた放課後な」
「うん!」

 

 

 


目は、開けない。
あけられない。
あけたらきっと、その瞬間に。

「・・・――っ」

わけのわからない涙が、出てしまうから。




愛の病