気がついたのは、いつからだったっけ。
新人戦がおわったあたりには、もう気がついてたんだから、きっとその前からなんだと思うけど。
「おー、三橋」
少し角ばった、ちょっと固めの声に呼ばれてドキリと心臓がはねた。
浅く呼吸をして、振り返る。
真っ黒な虹彩に彩られたタレがちの目が、こっちを向いていた。
ああ、そう、この目、だ。震えないように気をつけて、ほんの少しだけ真っ黒な目から視線をそらして、声を出す。
「阿部くん、だ」
「おお、一人でなにやってんだ?」
「ん、職員室、に。てーしゅつ」
「係りかなんか?」
「んーん。出席番号で。英語のセンセー、日にちで決めてるぽい、カラ」
「あー、英語のちばちゃんか」
「そ」
何気ない会話にドキドキするのは、きっと変なことなんだろう。
それはオレがただ単に臆病なだけで、きっとただ、それだけだ。
―――それは、ほんとうに?
オレの内側で、オレの声が疑問を口にする。ソレをオレは真っ向から否定した。
そのほかに何があるっていうんだ。
―――だって、このドキドキは。
違う。違う。
そうじゃない。
そんなこと、"あってはならない"。
「三橋?」
ふいに凄い近くで声がして、ハッとして横を向いた。
瞬間、ぶつかる視線。
真っ黒で純粋で直向な視線が、オレの網膜を貫いて、体中にソレを伝えてくる。
阿部くんは、オレのことが、好き、なんだ。
違う、違う。
そうじゃない。
絶対違う。何、うぬぼれたことを。自意識過剰にもほどがある。
きっと何か変なフィルターが、オレの網膜には張り付いていて、そういう風に見えるだけ。
そうに決まってる。
「おーい三橋ー、たったまま寝てンのかー?」
「ね、寝て!ない!」
あわてて否定を口にして、半歩後ろにのけぞる。ていうか、阿部くん、近い。その距離は、近いから。
一歩間違ったら、キスできちゃうよ。
「ほんとかー?」
「寝ない、よ!」
そう、ちょっと考え事をしてただけで。
その考え事が阿部くんのことだなんて、絶対にいえないけど。
「んじゃオレ、いくね!」
「おー、ガンバレー」
気のない応援の声が背中越しにかかって、ちょっと笑った。
笑いながら、俺は心の中で呪文を唱える。
大丈夫、大丈夫、オレは阿部くんを好きにならない。好きになっちゃダメなんだから、好きにならない。
今の距離が、友達として、チームメートとして、バッテリーとして、丁度いいんだから。
"好き"になったりなんかしない。そもそも、阿部くんがオレのことを好きかもしれないなんて思うなんて、阿部くんに大して失礼にもほどがあるというものだ。
だから、大丈夫。大丈夫。
オレは、阿部くんのこと、そういう意味で、好きなんかじゃ、絶対に、ない。
愛の病