じわりじわりと秋の気配が去っていく。






そよそよと頬を撫でる柔らい風には、冬のどこか尖った気配が乗っていた。
ああ、そろそろいきつけのコンビニにはおでんと肉まんが常駐するなぁ、なんて結局は食べ物のほうに意識がいくんだけれど。

「おい」
「ひぅっ!?」

ポンと乗っけられた大き目の手に振り返ると、黒いタレがちな目を見開いた阿部くんを見つけた。

「って、なんでそんな驚くんだよ」

こっちがビックリだっつーの、という呆れ交じりのつぶやきにちょっとキョドッてから、ややあって「ごめん」とつぶやいた。だって、本当にビックリしたんだ。
阿部くんはもう、帰ってると思ってたから。

「阿部くん、いま、帰り?」
「おう。いやー、なんか挌技場にケータイ忘れてさ」

ほれ、と右手に収まっているケータイをあべくんは オレに見せてくれた。
そういえば、さっき部室をでる阿部くんは、嫌に急いでいた気がする。
家の用事かなんかだと思ってたけど、そっか、忘れ物だったんだ。

「つーか、お前なんで一人なの?」

内心聞かれるだろうな、と覚悟していたはずなのにオレの口から出る言葉は「あ、えっ、と、そのあの」とか、全く要領を得ない接続詞ばっかりで、ちょっと自分が自分で情けない。
こういうときすぐにカッて怒るのが新人戦前までの阿部くんだったんだけど、ここ最近はあんまりそれもなくなって、オレが落ち着いてしゃべりだすのを待つか、それでなければ。

「・・・きかねーほーが、いい話?」

なんて、不器用にも気遣ってくれたりする。ソレがちょっとオレはうれしくて、同時にちょっと、ほんのちょっとだけ、さびしい。
そう思ったらビックリするぐらい心が凪いだ。

「あ、や、えっと・・・えっとね。空を、星を、ね。見て、たんだ」

そしたら、ちょっと駐輪場に来るまで時間かかった。
照れくさく笑ったら、阿部くんが意表を突かれたような声で「星ぃ?」と訝しげに問いただしてきた。
想定内の反応だったけど、ちょっとだけムッとする。星見るの、案外面白いのに。

「ンな怒んなって」
「怒って、ない」
「ウソつけ」

眉間にしわ、よってんぞ。なんていいながら、阿部くんの大きくて筋張った手が額を掠めた。
その手の熱にドキリとして、不自然にならない程度に視線を泳がす。





―――ほら、みろ。このドキドキは。





違う、違う。ちがうったら。
全然そんなんじゃ、ないから。オレ、そんなんじゃないから。違うから。
全く、油断もすきも、ありゃしない。少しは自重してくれオレ。

「あーあーはいはい。怒ってないよなお前は。ちょっと拗ねただけなんだもんな」
「拗ね、て、ない!もん!」
「わーったわーった。悪かったって」

どこか意地悪く笑ってみせる阿部くんの、その真っ黒い目の中にまた、あの気持ちを垣間見た気がして。
ああ、頼むから、オレの心臓。そんなにドキドキしないでくれ。
オレは、違う。そんな。阿部くんが、好きだなんて。違うんだ。
勘違いだ。違うんだ。このドキドキも、さっき掠った阿部くんの手に触れたくなる衝動も、もっとどうかオレをみて笑ってくれという切望も、全部全部勘違いだから。
お願いだから、オレはこれ以上を望んだりなんか、しないから。

 

 

 

これ以上を望んでしまったら、オレは阿部くんを駄目にする。

 

 

 

「あー三橋、じゃーさ、あの星の名前とかわかるわけ?」
「星自体の名前、トカ、は、星図見ないと。あ、でも星座はちょっと、わかる、カモ」

離れたくなくて、阿部くんを雁字搦めにして、足の先から髪の毛の先までオレで満したくなってしまう。
そうやってオレで溺れさせて、オレからどうあがいても逃げられなくさせてしまうだろう。
オレは、独占欲が人一倍だ。自覚があるのに自重できないから、たちが悪い。

「おお、いま見える星座で俺でもわかるよーなの、あんの?」
「あ、あるよ!えっとね。あそこの星と、あの星と、アレを結んで」
「ちょ、まて早い!お前、指差すのお前、はやいから!もっかい!」

無我夢中で指差す俺の指を追って、阿部くんの長くて少し太めの指が濃紺の空にふらふらと漂う。
ふらふら漂う合間合間に肩が極々自然に触れ合って。ああ、近い。ものすごい近くに阿部くんを感じる。
だめだよ、もっと距離をあけないと。その位置じゃあ、ダメだよ阿部くん。
オレまた、勘違いしちゃうから。
ああ、でも。ああ、だめだ。こんなに近いのは、ダメなのに。
ダメなのに―――できればもう少し、このままで。このままの距離で。阿部くんを感じられる距離で。
肩が触れてしまうぐらいに、近い距離で・・・―――。

 

 

ああ、だめだ。
オレ、阿部くんが、やっぱり、好きだ。

愛の病

だめだだめだと思いつつ、結局落ち着くのはいつもソコ。